班 女

花子悦慕  hanako

[班女閨中秋扇色 楚王台上夜琴声]

 

(雪の色は)  秋に捨てられる扇のように 

        君の寵を失った班女の室の白い扇


(雪の降る音は) 楚の襄王が夜の殿上で

                    弾じた琴の音


 

班女←前漢の武帝(在位・紀元前141~87)の

寵妃・班捷妤(ハンショウヨ)の略称。

後に趙飛燕(チョウヒエン)に帝の寵愛を奪わ

れ、「秋になって捨てられる夏の扇」に我が

身を喩えた詩を作りました。

以来、捨てられた女を「秋の扇」と云うよう

になりました。 

班捷妤の「しょう」は正しくは女偏です。

<謡曲の解説>

美濃国・野上ノ宿(ノガミノシュク)の遊女花子は、都から東国に下る途中に立ち寄った吉田ノ少将と契りを深く結び、その証しに互いの扇を交わしました。 

その日以来、花子は自室に引き篭もり、扇ばかり見入って何もしなくなりました。 

人々はその様子から花子のことを「班女」と呼ぶようになりました。

宿の長はお客の相手をしない花子を怒って、罵った上に追い出してしまいます。

花子は、道は近江路であっても‘逢う身’でない我がことを嘆き、あてもなく彷徨い出て行きます。  吉田ノ少将は都に帰る途中、花子に逢う為に再び野上ノ宿を訪れますが、花子の不在を聞くと『花子が戻れば都に上るよう』にと言伝て去ります。 

都に帰った少将は糺ノ森(タダスノモリ)に参詣しました。

恋心が募った花子は物狂いの態となり、恋の成就を祈るため糺ノ森の神前に現れます。

花子の姿を見つけた者達は「班女よ、なぜ今日は舞い狂わぬ。面白く舞狂え。」と囃しました。

花子は、今は正気でいる自分に対して狂えと言う人の無情さをたしなめます。

班女と呼ばれ、扇のことを尋ねられた花子は 

『班女が閨(ネヤ)の中には秋の扇の色、楚王(ソオウ)の台(ウテナ)の上には夜の琴(キン)の声  

夏果つる扇と秋の白露と いづれかまづは 置かんとすらん』 という古い詩を詠み、

玄宗と楊貴妃の比翼連理(ヒヨクレンリ)の話を語りながらも、我が身を秋には不要 となる扇のように思いつつ静かに舞を舞いました。 

花子は「秋には必ずと言っていたのに・・・」、と少将を恨み

「裏表のあるのは扇よりあの人の約束」と嘆きました。 

遠目に花子の様子を見ていた少将は、従者を遣わし扇を見せるように言いますが、花子は形見の品だからと拒みます。 

少将は扇について細かく問い糺し、自分の持っている扇を取り出して花子に見せます。 

その扇は夕顔の花が描かれた、花子が渡した扇でした。 

二人は互いの扇を見つめ、この人こそが自分の探す、愛する人と解ります。 

二人は再び巡り逢えたことを悦び合いました。

       野上ノ宿・・・岐阜県不破郡関ヶ原町野上(関ヶ原と垂井の間)

         糺ノ森・・・京都市左京区糺ノ森・下鴨神社

       比翼連理・・・二羽が一体となって飛ぶ鳥と、木目の連なった二本の木の枝の意味で

                     夫婦の契りが深いことを喩える

       夕顔の花・・・[源氏物語・夕顔ノ巻]

                     夕顔の花を贈った返礼に和歌を添えた扇が届けられ、夕顔と光ノ君との間

                     に恋が芽生えます。

             『心あてに それかとぞ見る白露の 光そへたる夕顔の花』  夕 顔

             『寄りてこそ それかとも見めたそかれに ほのぼの見つる花の夕顔』  光ノ君

昔は、「扇」は「逢う儀」に通じると謂れ、見初めた人と結納代わりに自分の扇を取り交わしました。 扇を形見に交わすのは、男女の深き絆を示すものです。

 

<作品によせて>

この作品は談山神社(奈良・遠ノ峯)の奉納能の取材から掘り起こしたものです。

紅葉を借景に拝殿で展開された能は見事なものでした。

私は、「班女」のように“物狂い”を扱った謡曲を作品化したことは殆んどありませんでした。

“物狂い”という、日本文化特有の表現(或いは状態)を把握しかねていたからです。 

近代日本画で「班女」をテーマにした作品を制作した方は、実際に精神科病棟へ出向き、患者たちの姿態をデッサンされたそうです。 

“物狂い”とは、狂気の状態なのでしょうか。 私はそうは思いません。 

日本文化の先達が、狂人をテーマとして文学や能楽等を創造したとは到底考えられないことです。 私にとっての“物狂い”とは、狂人の様とは違います。 

謡曲の“物狂い”に共通して描かれているのは、一人の愛情深い人が何らかの事故等により突然、愛の対象となる人を失い、その愛の深さ故に自身が想いに囚われて現実の生活から離れて行き、想い人を探す為に彷徨う姿です。

『狂う』がテーマなのでは無く、親子の愛情・男女の愛情等『愛・情』がテーマになっている為、時代を超えて人々の共感を呼ぶのだと思います。 

班女のそれは恋の想いです。“恋”を経験されたことのある方なら片想いであれ両想いであれ、その時の内なる心の葛藤についてはご存知の事でしょう。 

班女の物狂いは、恋しい人への想いで心を満たし、そういう自分自身に陶酔し、己の世界へと逃避している様ではないでしょうか。 

花子(班女)の表情は恋する悦びに満ち溢れた純な乙女のようであると、私は感じています。

顔(面)を描く前のしばらくの間、「花ノ小面」(資料)を観てバランス等を研究していましたが、桃山文化を代表する傑作と評されるその面、気品溢れる美しさは見惚れるものです。

その印象を心に写してキャンバスに向かい、一気に描きました。 

私のオリジナルの小面ですが、よい表情に描けたと自負しています。

“物狂い”の態は花子の髪の乱れをもって現し、さり気無く流しました。 また後方に描いた笹の一枝も、能において“普通でない状態”を表す 小道具です。 笹を手から離して置いてある状態にし、この場面での花子の心情を示すようにしました。

「班女」の物語の複線は扇の存在です。この作品に取り組むに当たり、改めて能の「扇」について調べてみました。 装束の意匠と同様に理(ことわり)事と云いますか、用いる意匠そのものにも意味が込められています。                    

能で使う扇は「中啓(ちゅうけい)」と呼ばれる、扇をたたんだ状態時に中程から啓(ひら)いた形(末広がり)になっています。 狂女物に使われる扇は、通常扇紙の妻(扇を開いた状態で大きく弧を描いている紙端の左右部分)は紺色で、絵柄は秋草図や鉄線・若松図との決まりがありますが、観世流に至っては若い女人の場合は鬘物の様に妻紅(妻部分が赤色)の秋草図扇を用いることもあります。      

能に詳しい人でしたら、この扇の図を見て、作品タイトルがお解かりになることでしょう。

私の場合は「私の作品」として描きますから、理を踏まえた上で自在に創作します。 

今回描いた扇は某流派所蔵の「班女」用の扇の意匠をヒントに創作しました。 

『夕顔図』と紹介されていたのですが、描かれているのは『鉄線』です。 

しかも謡曲中では『夕顔の扇』となっているのですが、能の理(実際の舞台)では鉄線です。 

どこかで取り違いが起きたようなミステリーです。 絵を描く側の気持ちとしては、花の色が白一色の夕顔よりも鉄線の方が表情を付けやすいものです。 

謡には 『をりふしたそれかに ほのぼの見れば 夕顔の 花をかきたる扇なり』 と、源氏物語の歌の引用がされています。

班捷妤の扇は絹地を張った団扇(唐扇)状のもので、文字通り夏の間に限り使われるものでしが、日本においては紙を折りたたんだ紙扇が改良されて今のような扇が作られました。 

そして、ただ単に風を起こすものだけに止まらず、儀礼用としても無くてはならないものになり、夏が過ぎても捨てられることはありませんでした。 

扇に始まる班女の恋物語、日本の花子の恋人との再会は、何か文化の違いを示しているようです。                                                        2003年 12月

 

追記

この作品は人目を惹くようで、日本を離れ東欧・ルーマニアでは演劇祭のポスターに使われ、

また国内では能楽がユネスコの無形文化遺産に登録されたということから、チャリティー・カード(グリーティング・カード)の絵柄に採用されています。

何れも、出会いは websight 。 皆様に愛され、ありがたいことです。

                                   2009年 夏

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