道成寺

道成寺ⅰ  doujyouji ⅰ
道成寺ⅰ  doujyouji ⅰ

<謡曲の解説>

紀州の道成寺では釣鐘が無くなって久しかったのですが、再興されることとなり、吉日を選んで鐘楼に上げて供養することになりました。

住職は寺男に鐘供養を指示し、女人禁制であることも厳しく命じました。 

暫らくすると、一人の美しい白拍子(舞姫)が訪ねて来ました。白拍子は「鐘を拝ませて欲しい」と頼みます。 

寺男は一旦は断りますが白拍子のたっての頼みに、舞いを見せることと引き換に境内に入れてしまいます。  白拍子は喜んで烏帽子(えぼし)を着け、乱拍子を踏みしめて息詰まるような気迫で舞いを舞いました。 

やがて春の陽は傾き、人々は寝入ってしまいました。 

白拍子は隙を見計らって釣鐘を落すと、中へ隠れてしまいました。 

大音と地響きに驚いて、鐘楼へやって来た寺男は鐘が落ちたことを住職に告げました。 住職は寺男が禁を破ったことを咎め、そして、その謂れを物語りました。 

「昔、真砂 (まなご) の荘司の娘がある山伏に恋をしたのが、山伏は娘を捨てて逃げ、この寺に逃げ込んで鐘の中へ身を隠した。山伏の後をひたすら追いかけた娘は、その一念から蛇体へと身を変えて日高川を渡り、寺へとやって来ると、鐘に巻き付き焔を吐いて山伏を取り殺してしまったのだ。 先の白拍子は娘の怨霊であろう。」            

僧達は祈祷の力をもって鐘を元通りにしようと祈りだします。 すると中から蛇体の女が現れ、僧達に挑みかかりました。 

僧達は神仏の加護を頼みに必死に祈り、女は自らが吐く火炎の焔に身を焼いて、ついには日高川の深淵へと身を投じて消えてしまいました。


作品によせて

作品制作については、人其々のスタイルがあると思いますが(今日の)私の場合、能絵を描く時は能の舞台をただ観たままに描くのではなく、その謡曲 (謡本)を何度も読み下して謡曲の背景を調べ、物語世界に浸り、描く対象となる人物の生きざまに心を添わせて、その者の心情と同化する作業をします。その心の作業を一旦行った上で、今度は客観的な眼をもって白いパネルに向います。まるで能役者の「離見(りけん)の見」みたいな行いです。

先に掲載した作品は「道成寺」を初めて描いた作品です。 

私が敬愛する先達の一人に、グスタフ・クリムトと云う19世紀末のウイ―ンで活躍した芸術家がいます。 

「道成寺」を描いたその年(1994年)はウイ―ンに出掛ける機会を得て、彼の作品と二度目の対面をしました。 

充実した心地で帰国した私を待ち受けていたのは、友だと思っていた人物の裏切り行為の発覚でした。経済的な痛手もさることながら、心の苦しみは大きなものでした。

気を取り直して日々の生活=創作活動に戻る際に、「今の心理状態でしか描けないものを・・・」とウイ―ン世紀末美術の印象も映して描いたのがこの「道成寺」でした。

そして…

21世紀になった今、実は私は、遅くとも秋にはニューヨークへ行っているはずでした。

 

今後の作家活動をより豊かに充実したものとする為に拠点をNYへ移す予定を数年前から立てていますが、政情の不安定・景気の先行き不透明等、私個人の努力だけでは御し得ない課題もあり、今のところ未だ実現できていません。

 

悔しい限りです。 

NYに移ってからは、心気一転・より自由な感覚を取り入れて自分自身の作風を発展させ、暴れてやろうと密かに目論んでいました。

そんな時に、ある方からの一言がこの作品を描く契機となりました。 

「この女の人は可哀想な人なのだから、綺麗な姿に描いて上げて欲しい」というものでした。

始めは抵抗がありました。能には約束事があるからです。

道成寺ⅱ  doujyouji ⅱ
道成寺ⅱ  doujyouji ⅱ

「道成寺」では釣鐘が落ちた後に現れるシテ (主人公) の姿は般若 (はんにゃ)出立という決まったスタイルで表され、面 (おもて) は般若を着けます。

能というものは、より深く楽しむ為には、観る側に感性(想像力) が要求されるものではないかと私は思っています。舞台装置が極限まで省かれているという事と、物語の内容も時間(過去・現在)を行き来する事や、全てを明らかにはしない日本文学の婉曲表現など。

観る側の内面が豊かになるほど、多くの発見があるように思います。 

先の作品は鬼気迫る女の怨念の姿。 

後の作品は鬼面の下に隠された、純真な乙女の哀しみの姿。 

新作では能の決まりを破り、面は小面風に、髪も変化させました。 

「般若」の面は、女人の哀しみの果ての表情だと言う人もいます。 

『女人の深い愛情が、恋人の変心によって悲しみへと変わる。叶わなかった恋心、受け留めてもらえなかった純情。相手を恨み、そして憎へと変わっていく。美しかった姿が執念の為に変わっていく。そんな自身に驚き、嘆くが救いは見つからない。愛が深い故、哀しみも深く、癒されない。もがき、嘆き、哀しみ、涙も涸れ果てて、情さえも渇いてしまった、もう人では無くなった変身の態。般若の面はもの哀しい。』

新作の「道成寺」は色々な意味で新しいものとなりました。

 

近代の偉大な小説家、三島由紀夫は<近代能>として謡曲・「班女(はんじょ)」を現代悲劇として小説化しています。 

また、近代の日本画家・上村松園も「班女」を美人画として描いています。 

其々、彼等の美意識の表現を追求した傑作です。 次作は私も「班女」に挑戦してみようと思っています。            

2002年10月